スギと広葉樹の混交林 蘇る生態系サービス
2023-04-29


清和研二 <農文協・2022.9.20>

 日本の林業やスギ人工林について、これまで新聞等で見る以外ほとんど知識がなく、自分が花粉症ではないので関心も低かったが、中島岳志の新聞書評に興味を惹かれたことと、本書を出版した農文協(農山漁村文化協会)がこれまで畑関連の調べ物(モグラ対策など)で見た雑誌のほか、地域コミュニティ活動関連の本でも良い印象を持っていたこともあり、さらに近隣の図書館にあったので読んでみた。戦後の日本で大量に作られたスギ人工林の問題点やその改善策について学べただけでなく、これまで読んだ樹木や菌類の本の内容とも結びついて充分に面白かった。著者は東北大学農学部の名誉教授で、日本の森林を良くする(回復させる)ために自身の研究成果を広く知らせたいとの思いで本書を書いたとのことである。
 従来の日本では、スギやヒノキは主に吉野、尾鷲などの「いわゆる有名林業地帯」に植えられ、人工植栽した林をきっちりと密度管理し、高品質な材を売っていた。第二次大戦後、「このような先進地の施業を真似れば、日本全国どこでも林業経営が成り立つだろう」との安易で無定見な考えが国策として行われ、結果としてなんと日本の森林の41%を針葉樹(主にスギとヒノキ)人工林に変えてしまった、という。しかしこれだけの木材に対する需要が続くはずもなく、また安い外材の輸入に押されてスギ材の価格は1980年頃をピークにして値崩れを続け、長期低落に陥った。こうなると悪循環で、森林の管理に手をかける動機も薄れ、さらに林業従事者の高齢化が伴って多くの人工林が放置されたままになっているのが現状らしい。もともと日本にあった天然林は、世界自然遺産になった秋田・白神山地のブナ林に見られるような広葉樹林であり、また天然のスギ林でも多くの広葉樹と混交して多様性が高く、さらに人の手が加わった林でも、かつては薪炭の材料となる広葉樹が多かったようだ。すなわち、この70年ほどの間に、多様性を無視して一見、ヒトに都合がいいように単純化した「自然」を日本中に作ってきた。ジャレド・ダイアモンドが「文明崩壊」に記したような、江戸時代の持続可能な森林利用システムとは異なる方向に一気に進んだわけだ。これほどまで大規模な自然の改造が国策として、私が生きていた時代の日本で行われてきたことは認識していなかった。
 本書の副題にある「生態系サービス」は私には馴染みがない言葉で、本書に何の解説も無かったが、ウィキペディアによれば「生物・生態系に由来し、人類の利益になる機能のこと。「エコロジカルサービス」や「生態系の公益的機能」とも呼ぶ」となっていて、雨水の保持による洪水防止や水質浄化、土壌の生産力の向上や持続性などを指すようだ。但し、著者は人類の利益だけでなく、動植物全体を含めた生態系の復活を意図している。本書はスギ人工林を広葉樹との混交林に変えることによって生態系サービスが回復するという研究成果をまとめたものであり、生態系サービスを変えるには現在、林野庁その他で進められようとしている程度の混交林では不十分であり、もっと強いスギの間伐が必要、というのが本書の主張である。
 著者らは、拡大造林時代に植えられた東北大の広大なスギ人工林を実験に用いた。2003年の秋、ほぼ均一な環境の林を9区画(1区画が 0.5 - 0.6 ha)に分け、間伐強度を3段階(無間伐、弱度間伐、強度間伐)に変えて3回反復した。ここでの弱度間伐(全材積の3分の1の抜き取り)が現在、日本中で一般的に行われている間伐法に近く、本実験の目玉は強度間伐(全材積の3分の2の抜き取り)である。2008年秋、2020年秋にも同じ地域に同じ間伐を繰り返した。林学の実験は息が長い。この実験地の周囲には広葉樹林が広がっていて、間伐された空き地には周囲から種々の樹木のタネが飛んできて生育し、スギと広葉樹との混交林が自然にできあがったが、弱度と強度の間伐の違いは顕著であり、当然ではあるが広葉樹の種類も本数も強度の方が遥かに多く、すなわち多様性が高くなった。

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